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名古屋高等裁判所 平成5年(行ケ)1号 判決

原告

水谷景一

右訴訟代理人弁護士

角谷一成

被告

三重県選挙管理委員会

右代表者委員長

今井正彦

右訴訟代理人弁護士

杉浦肇

右指定代理人

蒔田督

外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「平成四年六月二八日執行された三重県紀勢町議会議員選挙において、紀勢町選挙管理委員会による当選人水谷景一の当選の効力に関して申し出られた異議申出を棄却する旨の決定に対する審査請求に対し、被告が同年一二月二五日付をもって右紀勢町選挙管理委員会の決定を取り消した裁決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人は、請求棄却の判決を求めた。

(当事者双方の主張)

一  原告の請求原因

1  平成四年六月二八日、紀勢町議会議員選挙(以下「本件選挙」という)が執行されたところ、本件選挙の選挙会は、原告の得票数を一六八票、小野精二の得票数を一六七票と決定したうえ、原告を最下位当選人、小野を落選人と決定した。

2  小野は、同年七月一日紀勢町選挙管理委員会(以下「町選管」という)に対し異議の申出をしたが、町選管は同月二二日、右申出を棄却する旨の決定をした。

3  小野はさらに、被告に対し審査の申立てをしたところ、被告は同年一二月二五日、「平成四年六月二八日執行の紀勢町議会議員選挙における当選の効力に関する審査申立人の異議の申出に対して町選管がなした決定を取り消す。右選挙における原告の当選を無効とする。」旨の裁決をして、同月二八日その裁決書を三重県公報に告示した。

4  しかしながら、本件選挙における原告の当選は、有効というべきである。

(一) 思うに、候補者制度を採る選挙においても、選挙人が候補者に投票する意思をもって投票に記載するとは限らず、実質的には棄権の意思で候補者以外の者の氏名を記載することも、世上多くみられるところである。それ故、候補者制度の下で、選挙人が候補者に投票する意思で投票に記載することは、確かに多いであろうが、投票の記載が候補者氏名と一致しない投票であっても、その記載が候補者氏名の誤記と認められる限りは当該候補者に対する投票と認めるべきである、と一般化、定式化するのは、行き過ぎである。

また、二人以上の候補者氏名を混同して記載された投票についても、二人の候補者の双方に対して、義理があるとか、どちらにも当選してもらいたいと思う気持ちとか、はたまた、候補者全体、あるいは二人の候補者に対する不信感等から、無効投票となることを覚悟で、混記することは、世上まま認められる事実であるうえ、今日においては、国民の教育程度が向上し、わが国の文字の複雑性や、従来の選挙において誤字脱字のある投票が多数存在したことを根拠とすることも、妥当性を欠くから、投票を二人以上の候補者氏名を混記したものとして無効とすべき場合は、いずれの候補者氏名を混記したか全く判断し難い場合に限る、というのも正当でない。

(二) そこで、別紙一別記一及び別記二の投票の有効性について、具体的に検討する。

(1) 別紙一別記一「大野精二(セイジ)」と記載された投票(以下「別記一の投票」ともいう)について

本件選挙において、候補者大野義隆、同大野弘恒がいる以上、これらと区別することは不可能であり、「大野精二(セイジ)」の記載をもって、「小野精二」を積極的に志向する意思が明らかであるとはいえない。わが国の社会生活の実態において、氏の重要性は大きい。親族、親友間においては、氏よりも名をもって呼び合うことが多いであろうが、社会人対社会人の間においては、氏をもって呼び合うのが通常であり、氏の重要性は名の比ではない。「大野」と「小野」の違いは、「野」の文字が共通であるとか、「大」と「小」が音感において、類似しているとしても「大」は「オオ」と延ばされて発音されるのに対し、「小」は「オ」と短く発音されるのであって、漢字が表意文字であることに鑑みると、「大」と「小」では反対概念であり、単なる誤記、単なる誤った記憶ということも難しい。そして、名の「精二(セイジ)」は、候補者小野精二を、「大野」は、候補者大野義隆または大野弘恒を志向するものと考えられる。このように、単記投票制の下において、別々の二人もしくは三人の候補者を志向すること自体、積極的に特定人を志向することが明らかでない混記投票として、無効というべきである。

さらに、本件選挙が執行された背景から考察しても、「大野精二(セイジ)」なる記載が、候補者小野精二に投票する意思をもって氏のうちの一字を誤記したものとも、また、選挙人の誤った記憶によることとすることもできない。即ち、本件選挙が執行された紀勢町は、人口五四四九人、有権者数四三四二人、投票者数四〇六〇人、投票率約93.5パーセントの小さな町であり、身近な選挙として、選挙民の選挙に対する関心の高さ、各候補者の選挙民に対する周知性が極めて徹底していたといえる。しかも、小野は、既に紀勢町議会議員を四期務め、「小野精」(オノセイ)との愛称で、選挙民及び住民から親しまれていた、同町ではかなりの有名人であった。それに、候補者大野義隆は、町議会議員こそ一期目であるが、昭和四八年一〇月一八日より昭和五七年九月二三日まで紀勢町森林組合理事を、同月二四日より平成二年三月三一日まで同組合長を、同年四月一日より現在まで大紀森林組合副組合長をそれぞれ歴任し、また、大野弘恒は紀勢町議会議員が四期目であって、いずれもその氏名はもちろん、職業、人柄その他において、選挙民・住民に周知していたから、選挙民が、「小野」を「大野」と誤記したり、記憶違いしたりすることは、極めて希有なことといわねばならない。

(2) 別紙一別記二「大野ぜいじ」と記載された投票(以下「別記二の投票」ともいう)について

「ぜいじ」との記載は、「精二」との記載に比しても、精二との同一性が希薄であるし、氏名五字のうち二字が異なっている外、(1)と同様の理由により、無効投票と考えるべきである。

5  本件選挙において無効投票とされた投票のうち、「水合」と記載されたものが一票あった。しかし、「水谷」と「水合」は、文字の外観からして、極めて類似しており、第一字の「水」は同一であって、「合」は「谷」の「ハ」が抜けているにすぎないものである。本件選挙における他の候補者のうちで、「水」「合」の字、また、第二字で「谷」の字のつく者はいないから、「水合」なる記載の投票は、原告に対する有効投票と認めるべきである。

6  そうすると、原告の得票数は、一六九票または一六八票であるのに対して、小野の得票数は、依然として一六七票であるから、原告の当選は有効である。

よって、本件裁決の取消しを求めるため、本訴に及んだ。

二  被告の答弁

請求原因1ないし3は、認める。

同4の主張は争う。

同5は否認する。無効投票と決定された投票の中に、「水合」と記載された投票は、存在しない。

三  被告の主張

1  本件選挙は、定員が一四名である、紀勢町議会議員の任期満了に伴う選挙であったところ、平成四年六月二三日告示され、同月二八日投票が行なわれた。

本件選挙の候補者は、水谷景一(原告)、藤原重徳、谷口世紀、奥野直士、喜多順一、谷口としさだ、吉田為也、西村高芳、永井喜年、宮原功、大野弘恒、藤原いつお、小野精二、西村和義、大野義隆の一五名で、谷口としさだが公明党である以外は、すべて無所属であった。

本件選挙当日の有権者数は四三四二名であったところ、投票者数四〇六〇名、棄権者数二八二名であったが、町選管は、有効投票数四〇二九票、無効投票数二九票と認定したうえ、奥野直士(得票総数三八一)、西村和義(同三五五)、大野義隆(同295.537)、藤原重徳(同288.065)、宮原功(同二八五)、喜多順一(同二八四)、吉田為也(同二七八)、谷口としさだ(同二七六)、西村高芳(同二七四)、大野弘恒(同254.462)、谷口世紀(同二五〇)、藤原いつお(同241.934)、永井喜年(同二三一)、原告(同一六八)をいずれも当選人とし、小野精二(同一六七)を次点と決定した。

なお、町選管が「二人以上の候補者の氏名を記載したもの」として無効票と決定された七票の中に、「大野精二(セイジ)」と「大野ぜいじ」と記載された投票が各一票(合計二票)あった。

2  被告は、小野精二からなされた審査申立てに基づき、別記一の投票及び別記二の投票を、小野精二に対する有効投票と判断して、原告の当選を無効としたが、その理由は、次のとおりである。

まず、「大野精二(セイジ)」と記載された投票は、候補者小野精二の氏名四字のうち三字まで合致しており、氏の第一字が「小」ではなく、「大」と記載されているにすぎない。また、本件選挙の候補者大野義隆、同大野弘恒の氏名について、氏の「大野」と「小野」は音感的に極めて類似しているのに対し、名の「義隆」、「弘恒」と「精二」とは、外観及び音感ともに類似性がないことに鑑みれば、右「大野精二(セイジ)」と記載された投票は、候補者大野義隆、同大野弘恒、及び小野精二の氏と名を混記したものと認めるよりも、むしろ選挙人が小野精二に投票する意思をもって氏のうち一字を誤記したか、または選挙人の誤った記憶によるものとして、小野精二に対する有効投票と認めるのが相当である。なお、名に付された「セイジ」という振仮名は、公職選挙法(以下「公選法」という)六八条一項五号にいう他事記載に該当しない。

次に、「大野ぜいじ」と記載された投票は、選挙人が「せいじ」と記載する意思をもって「ぜいじ」と誤記したものか、または選挙人の誤った記憶によるものと認められ、小野精二に対する有効投票と認めるのが相当である。

(証拠関係)〈省略〉

理由

一請求原因1ないし3の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二〈書証番号略〉、証人縄手瑞穂、同沖森敏彦の各証言、原告本人尋問の結果、及び検証の結果、並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

(1)紀勢町は、明治二二年四月市制町村制実施の際、柏野村と崎村が合併して成立した柏崎村と、昭和一五年一一月町制施行による錦町とが、昭和三二年合併して、紀伊の国(錦町)と伊勢の国(柏崎村)から各一字づつをとり、度会郡紀勢町として発足した、普通地方公共団体たる町である。 (2)紀勢町は、紀伊半島の東海岸部に位置し、東は南島町、西は大内山村と紀伊長島町、北は大宮町と宮川村に接し、南は熊野灘に面する、総面積68.1平方キロメートルの南北に細長い町域を有しているが、そのうち九割が山林で、地形的には錦地区と柏崎地区とに、南北に二分されているところ、耕地及び集落は、柏崎地区の大内山川流域と錦地区の海岸部に、僅かに開けた平坦部に集中している。そして、柏崎地区では農業及び林業が、錦地区では漁業が主たる産業である。 (3)柏崎地区の中央やや北部を南西から北東に向かって流れる大内山川に沿って、国道四二号及びJR東海の紀勢本線が貫通していて、町内に伊勢柏崎駅がある。柏崎地区と錦地区を結ぶ道路としては、県道と国道二六〇号があるが、九十九折りの山道であって、かって通じていた路線バスも廃止されていまはなく、普段両地区は隔絶している。 (4)平成四年六月三〇日現在、紀勢町では、柏崎地区の世帯数が七八六、人口は男子一一一三名、女子一二〇六名、錦地区の世帯数が一〇一五、人口は男子一五二二名、女子一六〇八名で、合計すると、世帯数は一八〇一、人口五四四九名であった。 (5)平成四年六月二八日執行の本件選挙は、紀勢町議会議員の任期満了による選挙であるが、同月二三日告示され、同月二八日投票が行なわれた。議員の定員は一四名であるところ、候補者は、原告、藤原重徳、谷口世紀、奥野直士、喜多順一、谷口としさだ、吉田為也、西村高芳、永井喜年、宮原功、大野弘恒、藤原いつお、小野精二、西村和義、及び大野義隆の一五名であって、所属政党は、谷口としさだが公明党である以外、すべて無所属であった。 (6)町選管では、別紙二のとおり、候補者の氏名に振仮名を付した、候補者氏名等の掲示を、各投票所にした。 (7)選挙当日の有権者数は、柏崎地区が一八七三名、錦地区が二四六九名の合計四三四二名、投票者数は、柏崎地区が一七三七名、錦地区が二三二三名の合計四〇六〇名、また、棄権者数は二八二名で、投票率は、柏崎地区が92.74パーセント、錦地区が94.09パーセントであった。 (8)町選管では、即日紀勢町議会議員選挙会を紀勢町役場に開設して、開票を行なった結果、有効投票数四〇二九票、無効投票数二九票と認定したうえ、奥野直士(得票総数三八一)、西村和義(同三五五)、大野義隆(同295.537)、藤原重徳(同288.065)、宮原功(同二八五)、喜多順一(同二八四)、吉田為也(同二七八)、谷口としさだ(同二七六)、西村高芳(同二七四)、大野弘恒(同254.462)、谷口世紀(同二五〇)、藤原いつお(同241.934)、永井喜年(同二三一)、原告(同一六八)をいずれも当選人に、小野精二(同一六七)を次点と決定した。 (9)町選管において「二人以上の候補者の氏名を記載したもの」を理由に無効投票と決定された七票の中に、「大野精二(セイジ)」及び「大野ぜいじ」と記載された投票が、各一票あった。ここにいう「二人以上の候補者」とは「大野義隆」「大野弘恒」「小野精二」の三候補者のことである。 (10)紀勢町において、平成四年六月二二日現在における選挙人名簿登録者のうち、「大野」姓の選挙人は合計六七名、「小野」姓の選挙人は合計二〇名であった。本件選挙における投票は、第一投票区から第五投票区に分かれて行なわれたが、各投票区における「大野」姓と「小野」姓の選挙人の数は、第一投票区(錦地区)では、「大野」が二、「小野」が三、第二投票区(以下いずれも柏崎地区)では、「大野」が五六、「小野」が七、第三投票区では、「大野」が二、「小野」が〇、第四投票区では、「大野」が〇、「小野」が三、第五投票区では、「大野」が七、「小野」が七であったが、本件選挙の選挙人登録者の中に、「大野精二」または「大野ぜいじ」という氏名を有する選挙人はおらず、また「おおのせいじ」または「おおのぜいじ」と誤読される虞れのある選挙人もいなかった。 (11)本件選挙において無効投票とされた二九票の中に、「水合」と記載された投票はなかった。 (12)紀勢町は、柏崎地区と錦地区に分断されているため、町長選挙の場合における選挙運動は別にして、町議会議員選挙の場合は、候補者は主として出身地区において選挙運動をし、他地区での運動は殆どしない。原告、小野、及び大野両名は、いずれも柏崎地区の候補者である。 (13)原告は、昭和三六年二月に町議会議員に初当選して以来、昭和五三年から昭和六一年まで二期八年、町の収入役を務めた時期を除いて町議会議員をしているが、第五投票区に居住して、東宮原町内会に所属し、飲食業を営んでいる。小野は、第五投票区に居住して、石油製品販売業及び喫茶店を経営するかたわら、かって消防団長をし、現在は交通安全協会の支部長をしているが、町議会議員も四期務め、「小野さん」、「精二さん」と呼ばれる外、「オノセイさん」でも通っている。大野義隆は、職業が農林業であって、森林組合の組合長を長く務め、第二投票区に居住して、浅間町内会に所属しているが、今回町議会議員に初当選をした。大野弘恒も、職業は農林業であって、第二投票区に居住して、共和町内会に所属しており、町議会議員を三期務めた。

以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

三そこで、別記一の投票、及び別記二の投票の効力について、判断をする。

1 公選法六七条は、その後段において、投票の効力の決定に当たっては、六八条(無効投票)の規定に反しない限りにおいて、その投票した選挙人の意思が明白であれば、その投票を有効とするようにしなければならない、と規定している。右公選法の規定の趣旨に徴すると、投票の記載から選挙人の意思が判断できるときは、できる限りその投票を有効とするように解すべきであり、投票に記載された文字に誤字、脱字や明確を欠く点があり、投票の記載が候補者の氏名と一致しない場合であっても、その記載された文字を全体的に考察することによって、選挙人がどの候補者に投票する意思をもって投票をしたかを判断しうるときには、右投票を当該候補者に対する有効投票と認めるのが相当である。そして、投票を二人の候補者氏名を混記したものとして無効と解するのは、当該投票の記載がいずれの候補者氏名を記載したのか、全く判断し難い場合に限られるというべきであって、そうでない場合には、いずれか一方の氏名に最も近い記載のものは、これを当該候補者に対する投票と認め、合致しない記載は、これを誤った記憶によるものか、又は単なる誤記によるものと解すべきである(最高裁判所平成四年(行ツ)第一五号、同年七月一〇日第二小法廷判決・集民一六五号一四九頁参照)。

2  これを本件についてみるに、まず、別記一の投票は、漢字四文字で「大野精二」と明確に記載したうえ、名の部分下二文字「精二」の右横に、片仮名で「セイジ」と振仮名が付されているものである。「大野」と「小野」は、その第一字である「大」と「小」では、その字義が異なるけれども、これを音読すれば、「オオノ」と「オノ」であって、音感が類似しており、単に長音か短音かの差があるにすぎない。もっとも、本件選挙の候補者の中に、「大野」を氏とする者が、「大野義隆」と「大野弘恒」の二名がいるが、別記一の投票の記載が、その書体、筆致ともに手なれた書き手によって、特定の候補者に対して投票する意思を明確に表示したものというべきところ、下二文字の「精二」にはわざわざ振仮名が付されて「セイジ」と音読することを強調しているうえ、「精二」なる名は、「義隆」または「弘恒」とまったく類似性がないことを考慮すれば、別記一の投票の記載は、これを全体的に考察して、「小野精二」に最も近似しているものというべきであり、結局、別記一の投票は、同人に投票する意思をもって「小野精二」と書こうとして、誤記したものと認めるのが相当であって、同人に対する有効投票と解すべきであり、一方、別記一の投票には、「大野義隆」または「大野弘恒」に対する投票意思を認める余地はないから、別記一の投票を複数の候補者氏名を混記したものとして、公選法六八条一項三号により、無効と解するのは相当でない。

なお、別記一の投票において、下二文字の「精二」の右横に片仮名で「セイジ」という振仮名が付されているところ、振仮名自体は、前記認定のとおり、本件選挙において町選管が投票所に掲示した候補者の氏名掲示にも、付されているのであって、振仮名を付した投票こそが、正式の投票と誤解している選挙人もないとはいえないから、別記一の投票に記載された振仮名をもって、公選法六八条一項五号の無効事由である他事記載に該当するということはできない。

3 次に、別記二の投票は、漢字二字と平仮名三字を交えて、「大野ぜいじ」と記載されたものである。音読して「ぜいじ」という名を持つ候補者はいないが、「ぜいじ」は、「小野精二」の「せいじ」と極めて高い類似性がある。結局、「ぜいじ」は「せいじ」と書こうとして「ぜいじ」と誤記したか、「せいじ」を「ぜいじ」と誤って記憶していたため誤記に陥ったかのいずれかであると解するのが相当である。そして、わが国においては、同一人の識別に当たり、名より氏に重点をおく習慣があるとしても、本件選挙においては「大野」という氏を有する候補者が二人いるのであるから、そのいずれかに対して投票意思を有しているのであれば、名まで正確に記載するか、少なくとも他の候補者と混同されるような記載はしないものと解せられ、「大野」と「小野」に関する前記説示をも合わせ考えれば、別記二の投票の記載は、これを全体的に考察して、「小野精二」にもっとも近似しているものというべきであり、結局、別記二の投票は、同人に投票する意思をもって「小野せいじ」と書こうとして誤記したものと認めるのが相当であって、小野精二に対する有効投票と解すべきであり、一方、別記一の投票について判示したのと同様に、別記二の投票についても、複数の候補者氏名を混記したものとして無効と解するのは相当でない。

4 原告は、棄権の意思をもって、二人の候補者に対して、義理がある等の事情から、無効投票になることを覚悟で、混記して投票することもありうる旨主張するが、原告の右主張自体奇異なものであるうえ、本件全証拠によっても、紀勢町においてそのような投票がしばしば行なわれると認めるに足りる証拠はないし、右のような推測をもって、別記一の投票が意識的に混記した無効な投票であると断定することもできない。

また原告は、国民の教育程度が向上したことをもって、誤字脱字の投票が少なくなったから、混記投票による無効の判断を、従前のような緩やかな基準によるべきでない旨主張するが、一般的には国民の教育水準が過去と比較して向上しているのが事実だとしても、選挙権は一定の要件を具備し、法定の欠格事由がない以上、すべての国民に与えられるのであるから、現実の投票において誤字脱字のない完璧な投票が期待できるものではないし、いくら高水準の教育を身につけ、常識を備えた理想的な選挙民を想定しても、実際の投票行動においては、様々な理由によって、その時々における不注意な過誤は避けられないから、誤字脱字のない投票を期待するのは、非現実的なことである。それ故、原告の主張には、その基礎に現実から遊離した前提があるといわなければならず、右前提を採りえない以上、原告の主張は失当である。

したがって、原告の右各主張は、採用できない。

四本件選挙において、無効投票とされた二九票の中に、「水合」と記載された投票がなかったことは、前記認定のとおりである。

五そうすると、原告の得票総数は一六八票であるのに対し、小野精二の得票総数は、町選管が有効投票と認めた一六七票の外に、町選管では混記投票を理由に無効と判断された、別記一の投票である「大野精二(セイジ)」と記載された投票、及び別記二の投票である「大野ぜいじ」と記載された投票の合計二票の投票が加算されることになるから、合計一六九票ということになり、次点である小野精二の得票数の方が、最下位当選人である原告の投票数を上回ることになる。

六したがって、本件選挙における小野精二の異議申出を棄却した町選管の決定を取り消したうえ、原告の当選を無効とした被告の裁決に、違法はない。

よって、原告の請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官土田勇 裁判官喜多村治雄 裁判官林道春)

別紙一、二〈省略〉

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